山縣 有朋
https://ja.wikipedia.org/wiki/山縣有朋
3, 9代内閣総理大臣
元老
小林道彦『山県有朋』 – 久元 喜造ブログ
山県の重要な功績は、地方制度の確立です。
1883年12月の内務卿就任以来、山県の関心は、憲法・地方自治・徴兵制の制度的連携に向けられていきました。
1890年の国会開設というタイムリミットの中で、山県は内政制度の構築に向けて中心的役割を担っていきます。
山県内務卿は「自治元来是国基」と喝破し、市町村―郡-府県の三層構造の地方自治制を構想しました。
まず市町村に自治を導入し、それから郡・府県に広域自治を導入するというアプローチです。
各レベルにおいて、議員の公選が予定されていました。
山県と彼を支えた内務省の官僚は、井上毅などの反対に遭いながら、制度の実現に邁進していきます。
1888年(明治21年)4月の市制・町村制公布後、短期間のうちに町村合併が強力に推進され、市町村レベルの行政体制が整備されていきました。
1889年12月、第1次山県内閣は、府県制・郡制の立案に着手、1890年5月に公布され、ここに我が国の地方制度は完成を見たのでした。(文中敬称略)